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熊本地方裁判所 昭和34年(ワ)561号 判決

原告 堀内千代次 外一名

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用原告らの負担とする。

事実

一、請求の趣旨およびその答弁

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し金五百万円およびこれに対する昭和三十四年十一月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、請求の原因および被告の主張に対する答弁

原告米蔵は原告千代次の父で同人と共に木材販売業を営むの者であるところ、昭和三十二年十一月五日頃訴外宮脇成彬から、熊本県球摩郡五木村に檜伐倒木七千石があり競売された良い売物であるから買わないか、樹令は四十七、八年のものであると勧められたが、その後同人および訴外鎌田鉄次郎、同竹村智三郎らから、山林の床地は登記簿上友井健太所有であり同地上の檜伐倒木は七千石で競売された物件であるから絶対に他より異議のあろう筈がない。もし七千石に不足すれば充てるだけ友井健太所有の隣接地上の立木を提供する等と言われ、かつ右竹智からあたかも同人が熊本地方裁判所執行吏木付四郎の執行によつて競落しその所有権を取得したもののように装つて債権者右竹智、債務者甲斐寛志間の公正証書に基く強制競売の調書謄本中第二葉の競売条件を記載した部分を取り外したものを示され、よつてその旨信じ同月九日原告千代次と共同して竹智との間に買受名義人を原告千代次とし本件伐倒木七千石を代金七百七十万円で買い受ける旨の売買契約をし、内金五百万円を同月十一日原告米蔵より売主竹智に支払い、同月十三日右伐倒木の間切り搬出のため人夫を連れて現地に行つたところ、全伐倒木につき債権者国、債務者沢田安吉間の熊本地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一六七号処分禁止の仮処分が執行されていることを発見して大いに驚き、調査の結果、本件伐倒木の国有であることが明らかとなつたので竹智に対し右五百万円の返還を求めたが、同人は返還せず原告らは右五百万円の損害を蒙つた。そして右損害は国の機関である熊本地方裁判所執行吏木付四郎の故意または過失による行為に基くものである。すなわち同執行吏は昭和三十二年十一月二日本件伐倒木七千石を五百六十万円で競落人竹智に競売したが、右競売物件はその所在字名、地番および立木の所有者について競売当時紛争があつたけれども、真実は甲斐の所有ではなく国有林中の檜を盗伐または不正行為により伐倒した国有のものであること、および竹智と甲斐が通謀して竹智を債権者とし甲斐を債務者とする五百三十万円の金銭消費貸借契約公正証書を債務名義として強制競売の形式をとるものであることを、同執行吏において十分認識しまたは認識しうべき状況にあつたにもかかわらず、同執行吏は甲斐の所有物として競売した過失がある。さらに同執行吏は右競売の前日、本件伐倒木である差押物件が甲斐の所有であることが怪しいと思つてか熊本地方裁判所の仮処分係書記官に尋ねたところ係書記官より「本件伐倒木は仮処分になつているかも知れん」と言われたのであるが、このような場合同執行吏としてはその職責の重大なことを自覚して執行吏規則第十二条および執行吏執行等手続規則第四条により執行を拒絶または中止すべきであつたのに、この職務規律に違反して競売した過失がある。そして同執行吏は差押物件の数量や価額について鑑定人に鑑定させ、かつ正確公平に競売すべき職責があるにもかかわらず、約二千六十石の差押物件を債権者たる竹智や債務者たる甲斐の言葉を信用し七千石として疑念を懐かないで早急に競売した過失がある。

また、本件伐倒木が仮りに甲斐の所有であつたとしても、現実には競売代金の支払がなくその競売は無効であるにもかかわらず、同執行吏はその支払があるとして競売手続をした過失がある。同執行吏は以上のような競売手続をした過失により原告らをしてその競売を有効なものと信ぜしめ、よつて竹智と本件売買契約を締結させて売買代金の内金名義のもとに金五百万円を竹智に交付する損害を生ぜしめたが、その損害賠償義務は竹智がその競売手続の無効なことを知りながら有効なもののように装つて原告らを歎罔した前記不法行為による損害の賠償義務と不真正連帯の関係にあり、国の機関たる同執行吏の不法行為については国家賠償法第一条により被告において損害を賠償すべき義務がある。よつて原告らは、右金五百万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十四年十一月三日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

なお、被告の主張する事実中、被告主張のような原告らの過失の事実はない。すなわち本件売買契約に甲斐が関与したことはなく、訴外梶原某が竹智と共に関与したのみであり、また原告らにおいて債務名義たる公正証書の作成時期を知ることは不可能であつた。

三、請求の原因に対する答弁および被告の主張

原告らの主張する事実中、債権者竹智、債務者甲斐間の公正証書に基く強制執行により熊本地方裁判所執行吏木付四郎が昭和三十二年十一月二日原告ら主張のような競売条件のもとに本件伐倒木を強制競売に付し右竹智が代金五百六十万円で競落したこと、当時競売物件たる本件伐倒木が甲斐の所有ではなく固有であつたこと、原告ら主張の白に原告らと竹智との間に原告ら主張のような売買契約が成立しその主張の日に内金五百万円を原告らが竹智に支払つたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。すなわち原告ら主張の損害につき同執行吏に過失はない。同執行吏は本件強制競売に際し競売物件と国、沢田安吉間の仮処分による執行物件との同一性の関係につき疑問を抱いたので、後日右仮処分物件であることが判明しても国は損害賠償責任を負わない旨を条件としたところ、参集していた競買人は手を引き債権者である竹葉がやむなく競落したが、右のような競売条件は競売調書第二葉に記載して明らかにしておいた。また仮りに現実の競売代金の授受がなかつたとしても、執行債権者である竹智は当然に競落によつてうける配当額の限度で競売代金と差引計算できるのであるから、競売手続の効力に影響を及ぼさない。したがつて、いずれの点からするも同執行吏に過失はない。仮りに同執行吏に過失があつたとしても、同執行吏の過失と原告らの損害の発生との間には因果関係がない。原告らの損害は竹智が右競売調書中、第二葉の競売条件の記載部分を取り外して原告らに示し、あたかも本件伐倒木が競落により所有権を取得した自己の所有物件であるように装つて原告らを欺罔したことにより生じたものであり、竹智の右欺罔がなければ原告らは十分不審を抱き得たしまた損害も発生しなかつたものであつて、同執行吏の行為との間には因果関係がない。仮りに因果関係があるとするも、その後の同年十二月十七日原告らと竹智との間に買戻契約が締結され原告らは竹智に対し五百万円の返還請求権を取得しているから、原告らにはその主張のような損害は発生していない。仮りに損害があるとするも、その額は争う。原告らの競落物件は競売調書には七千石と記載されているが、競売された伐倒木の実在数量は三千二百四十二本で約二千六十石であつた。したがつて同損害額は五百万円の七千分の二千六十、すなわち百四十七万一千四百二十八円にすぎない。

なお被告に損害賠償の責任があるとするも、本件損害の発生につき原告にも過失があつたから、いわゆる過失相殺されるべきである。すなわち、原告らと竹智との間の本件売買契約については売主側に竹智と甲斐の両名が出席して関与したが、原告らは前記強制競売における債権者と債務者である右両名が競落物件の売買である本件売買契約に協力していることに不審を抱くべきであり、さらにその競売における債務名義となつた公正証書が差押の僅か二十日前に作成せられたことを知りえた筈であり、また前記のように原告らが竹智から示された競売調書謄本にはその第二葉が取り外されていることも容易に知りえたにもかかわらず、いずれも原告らの不注意によりこれらを知らないで本件伐倒木を買いうけ損害の発生を助けた過失がある。したがつて原告らの右過失は、損害賠償の額を定めるについて当然斟酌されるべきである。

四、証拠〈省略〉

理由

訴外債権者竹智三郎、同債務者甲斐寛志間の金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行により、熊本地方裁判所執行吏木付四郎が昭和三十二年十一月二日本件伐倒木を原告ら主張のような競売条件を付して強制競売し、右竹智が代金五百六十万円で競落したこと、当時競売物件が右甲斐の所有ではなく、国の所有であつたこと、および同年十一月九日本件伐倒木につき原告米蔵が原告千代次と共同して竹智との間に、買受名義人を原告千代次とし代金七百七十万円で買いうける旨の売買契約をし同月十一日内金五百万円を竹智に支払つたことは、いずれも当事者間に争がない。

ところで原告らは、原告ら主張の損害が国の機関である同執行吏の故意または過失による行為に基くものであると主張するのに対し、被告はこれを争うので判断する。まず故意の点については原告らの全立証によるもこれを認めることができず、過失の点については仮りに同執行吏の本件強制競売手続に過失があるとしても、その執行行為と右損害との間には社会通念上、執行行為がなければ原告らの損害が発生しなかつたであろうし、またもし執行行為があれば通常そのような損害の発生を予見しまたは予見しうべきであつたことを要するものと解すべきところ、成立に争のない甲第一号証の六、十七、第二号証の一、二、証人菅室元平、同堀内千代一、同木付四郎の各証言および原告本人堀内米蔵の尋問の結果を綜合すれば、原告らは本件強制競売の当時においてはなんら関与せず、その終了後、竹智が本件伐倒木を売却するに際して初めて関与するに至つたこと竹智は本件伐倒木につきその競売調書謄本中、第二葉の売却条件の記載してあるものを取り外して残余の調書謄本を原告らに示し、あたかも自己がその所有権を取得したもののように装つてその旨誤信させ、よつて本件売買契約を締結させるに至つたこと換言すれば竹智の右欺罔行為がなければ原告らとしては同人と右売買契約を締結し代金の内金名義のもとに五百万円を竹智に交付する筈のなかつたことを認めることができる。従つて右競売の当時木付執行吏の執行行為についてなんらの権利も法律上保護に値する利益も有していなかつた原告らが爾後竹智の前記欺罔行為により損害を蒙るというが如きことを同執行吏が予見したはずはなく、又通常の注意を用いたとしても予見し得べき場合でなかつたことは前記各証拠に本件口頭弁論の全趣旨を綜合して明かといえるそれ故、同執行吏の執行行為と原告らの損害との間には因果関係を欠くものといわねばならない。

そうだとすれば、原告らのその余の主張について判断するまでもなく、本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 村上博己 片岡正彦)

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